> 『数学的思考(?)エッセイ』 の試み

31. 部屋の中はなぜ散らかるか
 私は頭を洗髪するのに、体を洗うときの普通の石鹸を使っている。髪の毛が少なくてほとんど頭の地肌を洗っているようなものだからそれでいいのだ、と思わないでいただきたい。いくらなんでもそれほどツルッパゲではない。これでも若いときは頭髪にいいと言われるシャンプーを選んで購入していた。しかし、それが全くの無駄であるという結論を結果として得て以来、普通の石鹸にしたのであるが、その後それで何の支障もない。ちなみに、かの有名なアインシュタインもただ一つの石鹸で何もかも洗っていたらしい。理由は、余計なことに頭を使いたくなかったからだという。できるなら私も生活を簡素にし、余計なことには頭も金も使いたくはないのだが、日頃から頭を使った仕事をほとんどしていない私は、ボケてしまう心配もあるので、努めてどうでもいい余計なことに頭を使うことにしよう。

 ところで、今は私の配偶者であるが、初めて私の独り身の部屋に来たとき、他に付き合っている女性がいるのでは?と思ったそうである。それだけ私の部屋は綺麗に片付けられていたのである。尤も、当時は散らばるほどの物を持てない理想的な簡素な生活であったせいであるが。
 私の教官室を訪れた人の中には、いつも綺麗に片付いていますね、と言って下さる方もある。けっして綺麗に片付いているわけではないが、誰かの研究室のように足の踏み場も無いということはない。要するに、何でも使った後は必ず元の位置に戻す、ただそれだけのことを実行しているだけである。

 さて、なぜほって置くと足の踏み場も無いほどに散らかった状態になるのか、ということに頭を使って数学的?に考えてみよう、というのが今回の試みである。

 いま、3枚の白いカード□□□と3枚の黒いカード■■■を、一列に並べるとしよう。ただし、それぞれの3枚のカードは全く同じもので区別できない。このとき、何通りの並べ方があるかというと、これは順列の公式を用いて 6!/(3!3!)=20 通り、のように計算できるのであるが、実際に20通り全部を書いてみると次のようになる。
( 1) □□□■■■
( 2) □□■□■■
( 3) □□■■□■
( 4) □□■■■□
( 5) □■□□■■
( 6) □■□■□■
( 7) □■□■■□
( 8) □■■□□■
( 9) □■■□■□
(10) □■■■□□
(11) ■□□□■■
(12) ■□□■□■
(13) ■□□■■□
(14) ■□■□□■
(15) ■□■□■□
(16) ■□■■□□
(17) ■■□□□■
(18) ■■□□■□
(19) ■■□■□□
(20) ■■■□□□
 さて、いま何も考えないでこれら6枚のカードをでたらめに並べるとすると、この20通りのどれかになるわけであるが、その確率はどれも同等であると考えられ、したがってそれぞれ 1/20 である。ところで、この20通りのうち、あなたはどれが綺麗に整頓された並べ方だと思うかは知らないが、世間では、(1) と (20) の2つの場合のみを整頓されていると言うのである。他の並べ方は、散乱した状態であると言うのであるから、世間に従うしかない。
 すなわち、何も考えないでこれら6枚のカードをでたらめに並べるとすると、綺麗に整頓される確率は 2/20=0.1 であり、散乱した確率は 18/20=0.9 で、圧倒的に散乱した状態になる確率が大きいのである。
 他人から見たら足の踏み場も無いほどに散らかった部屋の状態は、実はその状態そのものは非常に珍しい実現確率の状態なのである(常にこのままの状態に保っておくことは、それこそ大変なことである) が、世間の人は、だらしのない人の部屋にしか見てくれないのである。なぜなら、(2)〜(19) の状態は、どれも同じ散乱した状態にしか見えないからである。
 今度は、2枚の白いカード□□と2枚の黒いカード■■を、一列に並べるとしよう。このときは、何通りの並べ方があるかというと、次の6通りである。これは順列の公式を用いて 4!/(2!2!)=6 通り、のように計算できる。
(1) □□■■
(2) □■□■
(3) □■■□
(4) ■□□■
(5) ■□■□
(6) ■■□□
 やはり世間では、(1) と (6) の2つの場合のみを整頓されていると言い、他の場合は散乱した状態であると言う。これら4枚のカードをでたらめに並べるとすると、整頓される確率は 2/6=0.333… であり、散乱した確率は 4/6=0.666… で、やはり散乱した状態になる確率が大きい。しかし6枚のカードの場合よりは、整頓される確率が大きい。つまり、私の独身時代のようにあまり物を持たない簡素な生活をしている方が、散乱しにくいのである。
 さらにカードを減らして、1枚づつの白いカード□と黒いカード■を一列に並べるとしよう。このときは、(1) □■、(2) ■□ の2通りしかない。すなわち、整頓された状態にしかなり得ようがない。究極の簡素な生活である。

 以上で、なぜほって置くと足の踏み場も無いほどに散らかった状態になるのか、ということは解かった。つまり、世間で散らかったといわれる状態の場合の数が、整頓されていると言われる場合の数に比べ圧倒的に多いので、散らかったと言われる状態になる確率が圧倒的に大きいことによる。だから私のように、何でも使った後は必ず元の位置に戻す、という心がけのない人は、ほって置いて綺麗に部屋が片付いている状態になることは確率的に期待できないのである。ただ、それだけのことである。したがって、足の踏み場もない状態の部屋であろうと、「この自分の部屋は自分の意志で唯一この状態に保って片付けているのだ。私は几帳面な性格なのだ。」 と言い張っても理論的には正しい。ただし、いつ訪ねても、そっくりそのままの状態に保たれていなくては、誰も認めてくれない。
 このような話をもっと発展させていくと、エントロピーという面白い概念に行き着くのであるが、その話はまたの機会にしよう。
(2002. 2.11)
 上の話では、3枚の白いカード□□□と3枚の黒いカード■■■は、それぞれ全く同じもので区別できない、とした。これらが区別できる場合にはどのようになるのか? また、区別できない場合でも、実現確率は本当に上での話のようになるのか、ということを考えだすと頭を使うことになり夜も寝られなくなる。さらに、(1)〜(20) の状態になる確率はどれも同等であると考えた (エルゴード仮説) が、これも本当にこれでいいのか?と考えだしたら、これまた頭を十分使うことになって寝られなくなることまちがいなし。

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