「数学の研究者や教師にとって数学は、数学の研究や教師をするために役に立っているだけである」
一般に 「先生」 といわれるものは、多かれ少なかれそのようなものである。すなわち、他人に教えるにはそれについて熟知していなくてはならないが、それを実際に何かに役立てるということはしない。それを実際に役立てて使うのはそれを学んだ生徒の方である。 だが、英語の教師は、英語を教えるために英語を勉強し、修得した英語を研究や授業で使うことが大部分であろうが、それでも日常に英語があふれている現代では、研究や授業以外でも役立つことはかなりあるだろう。文学、政治、経済、工学、体育、音楽、料理などなどの研究者や教師についても、同様である。 他方、大部分の数学の教師は、修得したものを研究や授業以外に役立てることはないのである。日ごろ教えるために数学を勉強するが、それを実際に何かに使うということはほとんどない。せいぜい学生の成績を処理するために簡単な統計計算をするくらいのものである。 私は数学教師である。専門は物理学(磁性体の統計理論)であるからその研究で数学は大いに使うが、その研究自体が数式をいかに弄くり解法するかというようなものであるから、日常の役には全く役立たない。教師をするために役にたっているだけの学問なのである。 「役に立つ」 ということの定義をしないで、このようなことを述べてもあまり意味がないことなのであるが、言わんとすることは 「数学の研究者や教師にとって数学は、数学の研究や教師をするために役に立っているだけである。そういう意味で、数学を最も使っていない者は数学の研究者や教師である」 ということである。 それでも、数学の研究者や教師が数学をやっていられるのは、確かに数学の知識は役立ててはいないが数学的智恵はいろいろな面で役立てているということもあるし、それに何より数学がおもしろいからである。そういう意味では、生きていくために数学が一番役に立っているのである。 という方向に話をもっていくこともできるのであるが、ここでは、実際に簡単な高校程度の数学を使って、このようなものを作ってみた、という話である。 折り紙で飛行機 (HTML版) (Java版) を作り飛ばす過程をパソコン画面上で行うというものである。折り紙を折ったり、向きを変えたり、陰影を付けたりするために、三角関数や回転変換、ベクトルの外積などを使う。テストで数学の問題を解くのと違って、問題設定も自分でやりそれを解きながら進めて行くことになるが、いちいち結果が目に見えて楽しめる。 数学を使って何かをすることをほとんどしない数学教師にとっては、こういうこともなかなか楽しいことである。 (2004.11.22)
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