> 『数学的思考(?)エッセイ』 の試み

80. 最善を尽くせというけれど
 囲碁ソフトを相手に対戦して5、6級と判定されるレベルなので、とても囲碁について何かを語ることなど出来はしないのだが、ここで考えてみたいことは、囲碁というゲームを例え(たとえ)に用いるだけで、その実力には関係しないことであるから、許されたい。
 プロ棋士は、芸術派、学究派、そして勝負師派の3つのタイプに分類できるという。(石倉昇著「ヒカルの碁勝利学」(集英社)) 芸術派や学究派にとっては、囲碁はただ勝てばいいというものではないらしい。だが、ここではとにかく勝つこと、しかもできるだけ大差で勝つことが最もよいこととして考えることにする。

 さて、ここに囲碁の2人の神様がいて対戦する。神様であるから、どんな場面でも常に最善手を打つことができる。このとき、互いに最善手を打つなら、先手必勝、後手必勝、引き分け、のいづれかになることは決まっているはずであるが、それはどうでもよい。
 ここで、最善手の定義を次のようにしておく。勝負がつく場合には、勝つ方は最終的に相手との石の差が最大になる手のみを最善手、また、負ける方は相手との石の差が最小になる手のみを最善手とする。もし引き分けになることが定まっているものなら、引き分けになる手のみを最善手とする。
 各場面で最善手は一手のみとは限らないであろうが、互いに最善手のうちの一手を打つなら、最終的には石の差が同じ結果になることは、最善手の定義より保障される。そこで、2人の神様が互いに最善手で対戦した場合、先手が後手より a目 多くて終えるとする。 a>0 なら先手の勝ち、a<0 なら後手の勝ち、a=0 なら引き分けということである。先手の神様がどこかでわざと一手でも最善手以外の手を打ったら、a より小さな差になるし、あるいは、後手の神様がどこかでわざと一手でも最善手以外の手を打ったら、a より大きな差になる、ということになる。

 以降、囲碁というゲームが先手必勝のゲームであるとして話を進めるが、この仮定は一般性を損なわない。
 さて、後手の神様は、芸術派や学究派ではなく、勝負師派で、どうせ最善手を打っても負けは負けなのだから、なにも最善手を打つ必要はない、ときどき適当に最善手ではなく次善手を打ってやろう、と考えたとする。それに対して、先手の神様は学究派で、同じ勝つにしてもできるだけ差を付けて勝たなければ気がすまない。なにしろ囲碁の神様であるから、どんな状況でも常に最善手が見える。だから、なんの問題もない。

 囲碁の本を読みながら、5、6級の私の考えることは、このような方向違いのことであるから、これ以上の上達は望めない。それに、この話もこれ以上発展させようがないなあ、と思っていた。
 ところで、よく人は 「最善を尽くせ」 という。最善とは、将来のことも考えた上で、その時点で、自分が最もよいと思うことをなすこと、将来のことは誰にも分からないが、それでもその時点での「最善」というものはあるだろう、と漠然と思っていた。
 それが、先の話と結びついて、ほんとうにそうかな? とハテナマークが点灯したので、もうちょっと考えてみることにした。



 先手の神様の番    後手の神様の番最終結果(先手の神様の勝ち)
(case I)A の手(最善手)を打つ→  D の手(最善手)を打つ10目勝ち

 →  E の手(次善手)を打つ14目勝ち
(case II)B の手(最善手)を打つ→  F の手(最善手)を打つ10目勝ち

 →  G の手(次善手)を打つ18目勝ち


 上のように、先手の神様の番で最善手が A、B の2通りあるとする。これに対して、後手の神様の最善手はそれぞれ、D、F で、このときの最終結果は、いずれの場合も 先手の 10目勝ち であるとする(最善手の定義より、同じ石の差になる)。
 後手の神様が最善手ではなく次善手を打ってくるかもしれないことを知った先手の神様にとっては、Aは最善手とはならず、Bのみが最善手ということになる。この状況では問題はない。

 ところが、先手の神様には一瞬にして次のことが見えた。



 先手の神様の番    後手の神様の番最終結果(先手の神様の勝ち)
(case III)C の手(最善手以外の手)を打つ→  H の手(最善手)を打つ6目勝ち

 →  I の手(次善手)を打つ22目勝ち


 すなわち、もし後手の神様が次善手を打ってくるとするなら、先手の神様は C の手の方がよいことになる。
 先手の神様は、神様といっても囲碁の神様でしかない。後手の神様が次に最善手を打ってくるか次善手を打ってくるかについては我々凡人と一緒で全く予想すらできないのである。さて、先手の神様にとって、最善手は、B か C か?

 よかひよかときの役に立たない語録: (その道の神様に) 最善というものはない
(語録使用上の注意: 「最善はない」のはある条件下でのことです。また神様でもない人間は、常に最善を尽くすようにしましょう。特によい子のみなさんは、最善を尽くしましょう。)
(2005. 5.11)
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その道の神様=将来のコンピュータ
石の差が大きい方がよい=儲けは多い方がよい
後手の神様=商談相手

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